プティハッピーの花束

日々の中で取るに足りないような小さなしあわせに氣付くこと

胸ぽかり


 りゅうちぇるさんの訃報を知ってから、胸にぽっかり、欠損感があります。


以前、


ブス、死ね。

というネット上の誹謗中傷コメントに


僕は可愛いし、生きます。

そしてあなたも、生きて


とりゅうちぇるさんが、返していたことに感銘していました。


どこの誰かもわからないひとの無責任な発言に真摯に返す、この誠実さや寛容さや細やかな優しさは、とても20代の血氣盛んな年頃に出てくる言葉ではありません。


なので、年齢などには計り知れないキツさを経験し、居心地の悪さをひとり抱えて来られたのだということを感じます。


また、とてもきめ細やかで、今までもこれからもひとの何倍も密度の濃い時間を送られるのではないかとも想像しました。



繊細で独創的という才能が両刃の剣を持つ。


それは道を模索して創りながら生きる、素敵なりゅうちぇるさんの裏にあるヒリヒリする傷みでもあると思います。



名前も出さず、魂を刺すようなコメントをするひとについてや

ブスという一括りの不当さには

ここでは触れません。


ただ、りゅうちぇるさんが大切なご家族と愉しい時間を過ごせなくなったこと、

また、どれくらい掛るかはわからないけど、肉體があるうちに、こころを少しは楽にすることが出来たかもしれないと思うと残念でなりません。



そして、訃報はみるみる取り上げられ、輝いているときは軽く流されるひとの目の粗さにも憤りを感じました。


冒頭のりゅうちぇるさんのコメントを見れば、りゅうちぇるさんがどれほどの苦しみを味わってきたひとかはわかるのに‥、


大事にならないと振り向かない。


りゅうちぇるさんとは、

お話したこともないですし、わたしごときになんの影響力もないにせよ、関わることが出来なかったことも残念でなりません。



りゅうちぇるさん

安らかにおやすみください。


ありがとう。