プティハッピーの花束

日々の中で取るに足りないような小さなしあわせに氣付くこと

コンプレックス


ある先生が

「頭のいい人……。」

という言葉をよく使われる。


その度、ギクッ

とする。


ああ、およびじゃないわな、わたしは。


エレガントでインテリジェンスなひとがその場にふさわしいなら、場違いのわたし。


😅

どうも、もうすわけありません

(_ _;)


みたいな卑下がわたしの中で始まる。


先生は嫌みで言ってる?

ただ形容詞で言ってる?


ただ形容詞で言っているんだと思う一方、それにしてもそのフレーズよく出てくるな


と思う。


そのひとから出てくるフレーズというのは、常にそのことを思っているからか、その場に相応しい言葉だから。



間口広くは運営上仕方ない、でも出来るだけ、先生が関わりたいのは、


地位と名誉のある社会的に認められた やはり頭の賢い


一部のひとなのかな、

と感じてしまうわたし。


先生はひとを紹介するときに、肩書きびっしり話して紹介される。


なんか嫌だな、


と感じてしまう。


肩書き話さないとわからないかもしれないけれど、あっさりシンプルが当たり障りがない。


あんまり凄いひと、凄いひとと言われると、場違いで帰りたくなるよ。



居心地のよいところは、自分が知っている。


このことは今は少し保留。


感じるセンサー、少し鈍感でありたいと思うことがある。


玄関のあじさいが雨をごくごく飲んでいた。


よかったね。


もう忘れた何年前か、娘が大学生でアルバイトをしているときに母の日にくれたあじさい。


わたしの宝物。


鉢から出して地植えにしたら、

毎年可愛い花を付ける。


また、今年もあっという間に咲くんだろうな。


その頃は、亀の玄子もご飯を食べているのかな。


🌧


✨🌈