昨日の3つのプチハッピー
プチハッピー3つ。
まずは、1月のこけら落としに、はるばる大阪から来てくださったハピクルが抱えて来てくれたお花が、蕾をいっぱい付け、また咲いていること。
晴れていたら今日大きめの鉢に植え替える予定でした。
やんだら開始!
文さんが連れて来られた白いアンスリウムも次々と花を枯らしては新しい息吹を生んでいます。
尚子さんの、花束の花々は一ヶ月半、笑顔を見せてくれていました。
一度枯れた花が準備して再び蕾を付けていく様から、無条件に歓びを受け取ります。
✨🍀
次は、かなり遠くまでアクアビクス、アクアウォーキングの指導に行きますが、みんなと一緒に集中するパワーで、ぴょんぴょん跳べたこと。
跳ぶ!
歓喜のシンプルな体現。
後のダメージケアには時間を要しますし、いつか跳ぶことはできなくなるにせよ、
今、ここで自分が飛んでいることが
生きてる〜✨
って実感でした。
🎉🎉🎉
最後は、草抜きをしたこと。
草取りや掃除は最高のリフレッシュ✨
なぜか、朝のルーティンに時間がかかるようになり、やる氣が起きない。
いつまでも座っていたい。
やる氣が起きないを検索していたら、出会したYou Tubeの動画の内容が腑に落ちて、楽になりました。
頑張り過ぎてもう擦り切れているのに、安易に頑張ってください
なんて言われると二重三重にエネルギーが萎えるし、怠惰を直したいなんて言われると、怠惰って、わたしの今までのドラマを知っているんかい!
と鼻息が荒くなります。
鬱傾向のひとに言ってはいけないWord
頑張って!
そして批判。
周りにも疲れているひとはいます。
寝ても取れないし、仕事量を減らしても疲れは取れないしやる氣は上がらない。
慢性疲労というやつです。
そのYou Tubeで言っていたのは、もともとやる氣なんてもんはない、
そして人間はおなじことを続けていたい生き物だと。
だから座っていたい。
ぼうっとしていたい。
やる氣ということではなくて、これをやっとかないとこうなってしまうという不安、
これをやっとかないと社会適応が難しくなるという恐れ
これをやっておくと後が楽だという期待だったり。
と続いていた。
ほんとだわ。
やる氣スイッチなんかありませんわ。
だからもうどうなろうが、どう思われようがいいわ
もう、先にワクワクするものはないわ
となったとき、すべて投げ出したくなるんですよね。
オリンピック競技者や社会的に成功しているひとが、めちゃくちゃ繊細な面があることが頂点に達する原動力だと、物心ついたときから感じていました。
その中には恐れや不安もある。
不安だからいつでも本領発揮出来るように人一倍稽古する。
好きだから稽古する。
好きで稽古していたらどんどんのめり込み、もっとこうしよう、ああしようと大概のひとには、視えないところまで立ち入っているうちに高みに深みに入りそれを自分を成長させていく。
それと同じで未来のために行動するが動機だったけれど、いつしかそれそのものが愉しくなることもある。
草取りや掃除をするのはほぼ無意識です。
勝手に動き出す。
まだそういう感覚が残っている。
草取りや冷蔵庫の拭き掃除でリフレッシュ🥰
小ざっぱりした空間を眺めて満足します。
小雨の一日を自宅掃除にあてましょう。
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