プティハッピーの花束

日々の中で取るに足りないような小さなしあわせに氣付くこと

ベッドで

久しぶりに検査をしてもらった。


エコーを撮り、肝臓、心臓、腎臓、胆石あるなし、胃など


ぐるうっと見てもらう。


エコー異常なし。


血液検査結果は来週になる。


エコーを撮る間、ベッドに横になった。


真っ白い天井。


母は胆管癌でもう鬼籍に入って10年になろうとしている。


何度かエコーを撮りに行った母もこうして白い天井をみつめていた。


ふいに


痛みもあるが、不安だったと母のことを思う。


開腹しても、そのまま閉じて切除出来ずに


また病院のベッドで天井をみつめていた。


ストレッチャーで運ばれ、手術室の天井を見上げたとき、


どんなに心細い氣もちで天井をみつめていたのだろうと思うと


(もっともっと側にいて、

もっともっと優しくしてあげたらよかった)


そんな仕方ない氣もちと、


わたしは検査だけれど、


いつかは必ず本物の命の危機が来たときに


わたしも必ず横たわり、白い天井を見上げるだろう。


いや、運ばれる途中に息絶える


あるいは自宅でひっそり、


あるいは外出先で。


それは誰にもわからない。


白い天井を見上げている間、


死を恐れているのではなく、


まだ経験していない、そのときの痛みや苦しさを想像すると


とても怖くなった。


知らないという不安。


帰りは自転車でいっきに花屋までひとっ走り。


黄色とピンクのカーネーションとかすみ草


を抱えて玄関を開け


すぐにビーグル犬のあたまを撫で


今いるしあわせを噛み締めた。